平成最後のお便り(2019.3月)
三月半ばに久しぶりのお便りです。実は昨年、近くの施設に入られて、その生活にも慣れ、余暇を楽しんでおられるとのことです。
最近詠まれた和歌を送って頂きました。楽しんで下さい。
平成最後の日に 久富
施設にて
施設への入所を決めし朝けより炊事の営み辛くなりたり
同級の友に入所を告げたればよき判断と返事届きぬ
二十余年苦楽分ちしフライパン別るることのちと切なかり
移り来て木の香漂うわが部屋のベッドの上に寝転びてみる
辿りきし遂の住み処は細長し机もベッドもわが玉の緒も
老いてなお人の心の自在さよ老人ホームに安らぎており
壁ごしにかすかなる音伝わりてはや独居にはあらぬ温もり
遠く来て阿蘇山荘に入居せし男は多くを語らざりけり
施設には施設の孤独待ちおりて捨てし独居の今更惜しも
食事ごと夫の車椅子押してくる媼の面ざし満ち足りて見ゆ
つま おうな
主なき家は寂しも立ち寄れば柊の花ひそと咲きたり
摺りたての大根おろし啜りたし老人食にやや飽きたれば
新入りの男は咽頭癌なりと達筆に書きて薄く笑えり
面白き大正生まれの媼等と昔語りつつ干し柿を食う
一人より二人がよろし四人より五人が楽し人住むところ
逝きし者焼香する者経を読む僧侶も我よりはるかに若し
老衰の肢体にあわせ整えし施設の風呂におずおず浸る
ようように顔の馴染みてほつほつと孫のことなど語らう昼餉
老々の共通話題は物忘れ人の名漢字財布の在り処
ひい孫に生きてるうちに会えそうな便り届けり遠き吾子より
百近き老女の記憶はかすかにて会えば蕩くる笑顔愛しも
とろ めぐ
ほどもなく尻取り遊びに嵌りたる高齢の顔々に生気ともれり
はま
岩ばしる滝室坂の登り口よかよか亭の焼肉を食う
気負いたる十二月八日朝のこと我等忘れじ瞳閉ずまで
ふらふらと迷いでし老女を当直の介護士宥む未明の廊下
碁仇に一目勝ちたる夢を見て覚むれば一人施設のベッド
九十の初春迎えむと帰りたる我が家は寒くまた暖かし
蜜柑など持ちて誰かが来る予感老人ホームの日曜の午後
一日に米一粒が重なりて窓辺の読書しばし延びたり
描かむと求めし一本の鉄砲百合咲かむとするや鋭く匂う
どんどやも凧も揚がらぬ限界のわが村里は寒々とあり
また一人小柄な老女加わりて話かくればにこと笑えり
掌を合わすことこそなけれ現し身の九十路の旅は祈りひとすじ
て うつ
大寒の斜陽を浴びて外輪の霜焼け杉の代赭冴えたり
たいしゃ
下着類MよりLに買い替えてものおもいなく打ち寛げり
くつろ
持ち込みし花の一鉢枯れそめてホームの滞在三月となれり
みつき
憎まれ子の我にも甘き従妹なりき白寿を生きて果てたりという
あね
車椅子酸素吸入超難聴所得ており施設という村
ところえ
片足で三十秒立ちしを喜べりまだ生くる気かこの愚か者
九十の老女より九十の吾貰いたるチョコほの甘し
暖房の施設に飼われ余所ごとに春一番のニュース聞きおり
よそ
三十年祝賀の席に着きませる陛下夫妻の美しきかな
寒村の社のうらの藪椿飾らず言わず俯きて咲く
やしろ
わが部屋の暖かければ瓶に挿す猫柳はや花穂となりたり
カーテンの隙間しらじら輝きて起くればすでに朝餉の時刻
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